ぶらり旅3 チャンパ王国の聖地 ミーソン遺跡

                           

2018年02月05日

左:ミーソン遺跡で最も原形を残す宝蔵。祠堂内に残るシヴァ神蔵

 チャンパ王国と世界遺産:ミーソン遺跡

ベトナム中部の海岸平野、早くから潮の流れと季節風の利用に長けたチャム族が活躍し、中国とインドを結ぶ航路(海のシルクロード)で交易を営んでいた。南シナ海を俯瞰して見れば、国境紛争の西沙諸島、南沙諸島の周域は暗礁地帯であるため、アラビア、インドから海のシルクロードを往く交易船はマラッカ海峡を経てインドシナ半島を回り込み、沿岸部を北上して現在のフエ、ダナンの沖合で外洋に進路を変えて海南島の東側をかすめ、中国の広東や福建の港に向かう。夏は南西モンスーン、冬は北東モンスーンを利用した。紀元後2世紀には最初の王国:林邑(りんゆう・漢文資料)が興った。同じ頃、カンボジア南部には扶南(ふなん・漢文資料)が成立している。この時期、インドからの航海者との交流からインド系文化が卓越し、土着の神々を押しのけてヒンドゥの神々や仏教の受容が始まったようだ。中国の資料では、チャム族の王国は8世紀までは林邑と呼び、その後は占城(チャンパ)と呼ぶようになった。この林邑・占城と続くチャム人の王国の聖地がミーソン遺跡である。

ミーソン遺跡は、ダナン南南西35㌔ほどの標高100~200mの山地帯にあり、ダナンからは車で1時間余、フエからは1時間半、ホイアンから40分ほどの距離にある。4-8世紀、チャム族の王都は、フエ付近を離れてホイアン西南西12㌔の王都インドラプタ(現・チヤキャウ)にあった。チャキャウの南西、低い山稜から独立峰として聳える聖山マハーバルヴァルタ(標高712m)が望める。ミーソン遺跡はその北麓、盆地状の渓谷にあるチャンパ(チャム族の王国名・漢文資料)の聖地である。事実、チャンパの王国は10世紀半ばになると金族(現ベトナム人口の90%弱占める)の南下に圧迫され、11世紀に南部のヴァイシャ(現クイニョン市西郊)に王都が移したが、その後もチャンパの王たちのミーソンへの寄進(造営)が続いていた。初期は木造であった祠堂も7世紀ごろから煉瓦積みに変わり、後に砂岩の柱や神像も登場する。が、チャンパの遺跡群の特色は、最後まで煉瓦造りを捨てなかったところにある。遺跡一帯は、世界文化遺産に指定されている。ダナンのチャム彫刻博物館と併せて訪れたい。

ミーソン遺跡と背後(南)に特異な山頂を見せる聖山:マハーバルヴァルタ

*下記の①、②、③、④の文をクリックしてください。

① 世界文化遺産:ミーソン遺跡。見所マップー本邦初公開

② ダナン近郊世界遺産 地図

③ ぶらり旅4 夕暮れのホイアン ことさらに艶やか。

④ 旅情報誌 Discover New Asia No.15 で詳細をご覧ください。

 

 

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