<新名所発見 動画付き> 南芳皇后の両親の墓–ダラットの新観光名所に

ベトナム

  観光情報

                           

2020年11月13日

ベトナムの最後の皇帝(阮朝:グエン朝1802年 – 1945年)保大(バオ・ダイ)帝の正妻である南芳皇后の父グエンフウハオと彼の妻ルティビンの霊廟は、毎年ダラットに集まる観光客に忘れられているにもかかわらず、その歴史的な魅力を維持している。このたび、ダラット市当局は新たな観光地として整備し、PR動画を発表した。ダラットはベトナムの高原保養地として知られている。

*動画:https://tuoitrenews.vn/掲載のVietnam Life より

阮朝は、ベトナム最後の王朝で都はフエ、阮朝の時代にバトナム南部のカンボジア服属地を併合し、チャンパ王国の遺臣たち自治領も完全に阮朝に吸収され、現在の統一国家ベトナムの形が地理的にほぼ完成した。

王宮の正門である午門 古都フエ

最後の皇帝は保大(バオ・ダイ)帝は、8月17日、ベトナム独立同盟(ベトミン)がハノイを占拠(ベトナム八月革命)し9月2日、ベトナム民主共和国の樹立を宣言、ホー・チ・ミンが初代国家主席兼首相に就任すると、ここに阮朝は滅び、。同日、日本は降伏文書に署名した。再進駐したフランスは、ベトナム民主共和国を認めず、第一次インドシナ戦争が始まる。1949年にフランスはサイゴンにバオダイ帝を復位させ、ベトナム国として独立を認めたが、フランスの傀儡にすぎなかった。1954年にジュネーヴ協定が成立するとベトナム国は北緯17度線以南の支配を維持するにすぎず、バオ・ダイは、1954年にゴ・ディン・ジェムを首相に任命したが、ジェムは1955年にバオ・ダイを引きずり下ろすために国民投票を実施した。その結果、ジェムは勝利し、ベトナム国を共和制へと移行させ、ベトナム共和国を樹立してその大統領に就任した。その結果、バオ・ダイはフランスに亡命することになった。

ベトナム最後の皇帝:保大(バオダイ)帝 Wikipedia より。
 グエン朝の都フエの王宮内の建物

 

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