<祭り情報>11月 ピーマイ・フェスティバルを開催 ーピーマイ(クメール)遺跡 ライト&サウンドショー及び水祭り(競艇)ー

タイ

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2019年10月28日

ピーマイ遺跡の正面から。 画像:Wikipediaより。

11月6―10日タイ東北部・ナコーンラーチャシーマー県(コラート地方)ピマーイ郡のアンコール王朝時代(9-13世紀)の代表的なクメール遺跡のあるピマーイ史跡公園ライト&サウンドショー(光と音の祭典)及びこの時期の祭りで知られる水祭り(競艇:ボートレースがメイン)のピーマイフェスティバルが行われます。

ナコーンラーチャシーマー県の位置 地図:Wikipediaより。
カンボジアの最大の祭り:水祭りの競艇 プノンペン タイやベトナムでクメール系住民がいるところ、こうした競艇が行われる。

お隣のカンボジアでは、国内最大の祭り・水祭りが10-12日に行われ、これも競艇がメインの行事です。この競艇は、ベトナム南部のメコンデルタ地帯に住むクメール系住民(カンプチア・クロム)によっても行われます。タイの東北部のカンボジア国境に接する地方は、クメール系住民も多く住み、元々はクメール系住民の水祭りに観光ショーとしてライト&サウンドショーが付け加わったのでしょう。

アンコール王朝最盛期のピーマイ遺跡

ピーマイ遺跡 タイ観光庁公式Webサイトより。

 

コラート市内から北東へ約60キロメートル、タイ最大のクメール遺跡が残るピマーイ歴史公園。もともとピマーイは北東部に流れるムーン川により先史時代から発展した町でしたが、11〜12世紀ごろタイ東北部一帯に勢力を拡大したアンコール(クメール)王朝(13世紀のアンコール王朝最盛期には、タイの主要部はアンコール王朝支配下)により、石造寺院が建設されました。ピーマイ遺跡は、カンボジア西北部のバンテアイ・チュマール遺跡を経由してアンコール地域(シェムリアップ郊外)と王道で結ばれ、ピーマイから西に向かう王道はスコータイ地方に至っている。タイ族の最初王朝であるスコータイ王朝はアンコール王朝の衰退期にスコータイ地方に興った。

ピーマイ歴史公園、堀に囲まれた矩形がピーマイ遺跡、地図:Wikipediaより。

ピーマイ遺跡(ヒンドゥ寺院遺跡)は、堀に囲まれた矩形の565メートル×1,030メートルという大規模な敷地、正面が南のアンコールの王都に向いていたことなどから、アンコール王朝の北の拠点の一つと考えられている。同遺跡では、アンコール王朝最大領域を支配したジャヤーヴァルマン7世像や各種のクメール彫刻などが発掘されており、それらは、ピマーイ市国立博物館で見ることができる。

コラートのパノムルン遺跡 丘上の階段状ピラミッド型寺院遺跡 画像:Webサイトより。
パノムルン遺跡 保全状態が良い遺跡。 ピーマイ遺跡と併せて見学したい。 画像:Webサイトより。

また、コラート市内にはピマーイ遺跡と同時代のパノムルン遺跡などもあり、アンコール王朝最盛期の文化に触れられる。特にパノムルン遺跡は、階段状ピラミッド寺院遺跡で保存状態もよい。

タイの各地に残るクメール遺跡は、国際支援そ保全活動が行われたアンコール地域以外のカンボジア・クメール遺跡と比べ保全状態よく、多くは遺跡を中心に歴史公園として整備されている。

―タイ政府観光庁公式Webサイトの「ピーマイ」の項を訂正・加筆―

タイの伝統舞踊:ラックノール Laknon-Knol

最上掲の画像:ピーマイ遺跡のライト&サウンドショー、画像を見るにクメール風舞踊も行われている。カンボジアでアンコール王朝伝統と謳われているのクメール舞踊:アプサラだがカンボジア独立後の王室による創作舞踊である。なお、タイの伝統舞踊は、アンコール王朝滅亡(14世紀)時、タイのアユタヤ王朝に拉致されたアンコール王朝の舞踊団の踊りを起源としている。 画像:Webニュースサイトより。

タイ王室舞踊は、19世半ば以降、タイを宗主国と仰ぐカンボジアの現王室に逆輸入される。

祭り情報:ピーマイ遺跡(クメール遺跡)のライト&サウンドショーは、期間中は毎日19時から。競艇:ボート・レースは9-10日の朝8時から夕5時までとなっています。

詳細・問い合わせ:タイ政府観光庁 Tourism Authority of Thailand
電話:コールセンター 1672 毎日午前8時―夜10時

*参照:下記の①文をクリックしてください。

① Lakhon Khol、ユネスコの「緊急的保存の必要な」無形文化遺産に登録

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